鬼 火 8

(泰明×あかね ゲーム本編中背景)


「てやあああああっ!!!」
天真の渾身の一撃が、蝶に向かう。

しかし、蝶はぎりぎりの所でその攻撃をかわした。
そして再び鱗粉を撒こうと、大きな羽根を動かす。

その時、天真がくいっと身体を丸めた。
「いいぜ!」
首筋を掠めて、頼久の剣が飛ぶ。
天真が作った死角からの攻撃だ。

剣に貫かれた蝶はぼとりと地面に落ち、激しく暴れた。
撒き散らされる鱗粉に、二人は近づけない。
が、突然、終わりは来た。

ぷすり…と小さな音を立てて、蝶が消えたのだ。
後には頼久の剣だけが残されている。

「いったいこれは……」
「やけに中途半端な怨霊だったな」

二人はぐるりと四方を見回した。
だが見えるのは、ゆらゆら漂う鬼火と、その向こうに広がる闇ばかり。

「とにかく、怨霊は消えた。早く神子殿を探そう」
「あかね〜〜!!!」
「早過ぎないか」
「お前も一緒に呼べよ」
「神子殿!!」
「あかね〜〜〜〜!!!!」

消え残った鬼火が、歩き出した二人を囲んで動いていく。





斎姫の霊の前で、鷹通と友雅が戦っている。

「話に……聞いた通りです。確かに……これはひどい……」
「怨霊も勝手なことをしてくれるものだ。
人の身体の自由を奪って、意のままに動かすとはね…。
おっと…失礼!」

友雅の剣が鷹通に向かって振り下ろされた。

カツッ!
鷹通は、友雅の剣を小太刀で受ける。

「その調子で頼むよ、鷹通。
しかし、美しい姫の願いならば叶えてあげたいが、
不本意な戦いを強制されるのは、うれしいものではないね」

友雅は剣を引くと同時に、横様に払った。
咄嗟に避けた鷹通の袖を、切っ先がかすめる。

が、刃先が触れても袖は破れない。

「友雅殿、いつから木刀を携えるようになったのですか」
「そういう鷹通の小太刀も木製のようだが」
「憑依の話を聞いていましたから、相打ちだけは避けなければと」

戦いを強いられているが、二人は追い詰められてはいない。
斎姫の霊が、瘴気を吐きながら動いた。
禍々しくも美しかった形が、ぐにゃりと歪む。

「おや、どうやら怨霊の方が焦っているようだよ」
「そうですね、少しずつ、身体の感覚が戻ってきています。
ですが……あの怨霊は……」

怖ろしい形相に変化した斎姫の霊が、
長い爪を振りかざして襲いかかってきた。
その瞬間憑依が解け、二人は別方向に避ける。

「私も気になっていたのだよ。
この怨霊は、斎姫の霊ではない」
友雅は懐から布袋に包まれた短剣を取り出すと、
すらりと刀身を引き抜いた。

「真剣はすぐに出せない場所に隠しておきましたか」
「これでも一応、武官なのでね」

「友雅殿らしい…」
鷹通は苦笑すると、上空の鬼火を素早く見回して続けた。

「もう一つ気になることがあるのですが、
今は戦いに集中した方がよさそうですね。
……ん?」
鷹通は、闇の向こう側に微かな音を聞いた。





「泰明さん、私を撃つの?」
瘴気を纏ったあかねが、邪気のない笑みを浮かべた。

あかねは、自らの鏡像のような怨霊に震えが止まらない。
抑えようのない嫌悪感と、得体の知れない恐怖。

――京に来たばかりの頃、セフルが仕掛けてきたのと同じやり方だ。
あの時はニセの泰明さんと永泉さん。
今度は、永泉さんと私の偽者……。
あの私は……何をしようとしているの?
あの私は……泰明さんの術に撃たれるの…?
私は……私を封印するの……?

その時、泰明の鋭い声がした。
「一気にかたをつけるぞ、神子」

――あ……いけない!
あかねは我に返った。
これから始まるのは、怨霊との戦いだ。
ぼんやり考え事なんかしていてはだめ!

「はい……泰明…さん」
あかねはぎゅっと唇を噛み、努めて平静な声で返事をする。

と、術を放とうとしていた泰明が、ふいに振り返ってあかねの顔を見た。
「神子、お前は震えている」
「泰明さん……」

泰明の手が、そっと頬に触れる。
「自分が撃たれるような気持ちになっていたのか?
気づかなくて悪かった、神子。だが……」
泰明は小さく微笑んだ。
「案ずるな。
お前の清浄な気と、怨霊の瘴気を違えることはない」

あかねも少し微笑んで、こくんと頷く。
「はい……。信じています、泰明さん」

頬から泰明の手が離れた。
あかねに背を向け、泰明は怨霊に向き直る。

「私から離れるな、神子。
まずは怨霊の変化を解き、正体を暴く!」
「はい!」

泰明の腕の動きに呼応して青い光が地を走り、
怨霊の周りに五芒星を描いた。
ぱんと音を立てて泰明が両手を合わせると、
五角形の星は眩く光りながら狭まっていき、
あかねの形の怨霊を光の渦に呑み込んだ。
鬼火が光を避けてつつーっと空中を移動する。

少女の輪郭が光の中で大きく膨れ上がっていく。

「泰 明  さ  ん   ん   ん    グ  ギ  ギ…」
あかねにそっくりだった声が低くしわがれ、唸り声に変わる。
見上げるばかりの巨躯は、形の歪んだしょうけらだ。

「やはり、あれもまた偽りの形。
だが、あまりにあっけない……」
泰明の呟きが聞こえた。

「本当の姿を見せろ!」
泰明の術が怨霊を撃った。

しょうけらの輪郭が崩れ、
頭、胴体、四肢が、まるで別々の生き物のように蠢きながら
おぞましい姿に変じていく。

泰明の袖が翻り、呪符を挿んだ指先が空中に五芒星を描いた。
炎を帯びた桔梗印が、闇の中に浮かび上がる。

おぞましい姿の怨霊は、炎に怯えたように後ずさった。
「逃がさぬ!」

泰明が掌を向けると同時に、桔梗印が大きく広がっていく。

あかねの喉に、ぐ……とこみ上げるものがある。
あれはつい先ほどまで、あかねの姿を模していたのだ。

思わず口を押さえて一歩下がったその時、
耳元で低く嗤う声が聞こえ、鬼火が大きく揺らめいた……と思った。

次の瞬間、あかねは放たれた桔梗印に真向かっていた。
怨霊が消えて、代わりに自分がその場所に立っているのだ。
燃える五芒星の向こう側に泰明がいる。

凄まじい気が押し寄せて来る。
逃げる間などない。
視野いっぱいに桔梗印が広がり、
「神子!!!」
泰明が叫び、
「だめだ!!!」
泰明の絶叫と同時に、桔梗印が歪み、弾けた。
気の塊が激流となって襲い来て、抗うこともできずに吹き飛ばされる。

「神子!!!」

気の渦がかまいたちのように服を切り裂き、腕に鋭い痛みが走る。

「きゃあああっ!」

炎に包まれた泰明が見える。
背中に何かがぶつかり、あかねは意識を失った。


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2013.01.31 筆