鬼 火 3

(泰明×あかね ゲーム本編中背景)


洛西の、蚕ノ社にほど近い神社の中――。

「子分が言ってたのは、この辺りだったよな」
「な…なんだか、ずいぶん淋しい感じの所だね、イノリくん」
「これくらいのことで怖がるなよ、詩紋。
古い神社なんて、どこもこんな感じなんだからさ」
「うん……。そう…なんだけど」
「しっかりしろよ、オレ達は、怨霊が出たっていう場所を調べに来たんだぜ」

その時だ。
本殿の裏手で、女の悲鳴が上がった。
二人は顔を見合わせると、声のした方に向かって駆け出す。

「確か、こっちだったな、詩紋」
「うん、本殿の右の方……んぐっ」
「どうした、詩紋!? うわっ!」

本殿の後ろに駆け込んだとたん、
いきなり後ろから襟首を掴まれたかと思うと、
イノリと詩紋は高々と持ち上げられ、次に地面に投げ出されてしまった。

上から声が降ってくる。
「ちっ、ガキじゃねえか」
「もっとよく見てから悲鳴上げろ」
「仕方ないだろ? こんな鄙びたとこに貴族なんか来るもんか」

怨霊ではなかった。
男二人と女一人の盗賊一味だ。

「お前ら、怨霊騒ぎに乗っかって悪だくみしてるんだな。
みんなが困ってるのに、ひでえじゃねえか!」

イノリの言葉に、女は鼻を鳴らした。
「ガキのくせに偉そうなこと言うんじゃないよ。
だまされる方が悪いのさ。
だからあきらめて、身ぐるみ脱いで置いていきな。
ほら、そっちのガキも……ひっ、鬼!!」

女は青くなって後ずさった。
男の一人が、詩紋が被っていた布を乱暴にはぎ取ったのだ。

「今だ! 詩紋!」
一味が怯んだ隙に、イノリが詩紋の手を掴んで走り出す。
しかし、もう一人の男に回り込まれてしまった。
腹を蹴られ、イノリはうめきながら倒れた。
「イノリくん!!」
駆け寄った詩紋は腕をねじられ、地面に顔を押しつけられる。

「なんだい、弱い鬼だね。驚いて損しちまった」
「だが、鬼は鬼だ。運が向いてきたな」
「こいつの骸を持って行けば、たんまりと礼が貰えるってもんよ」

詩紋は逃げようともがくが、男の腕はびくともしない。

「さっさとやっちまおう。しっかり押さえてろ」
詩紋の頭上で、じゃきん、と男が刀を抜く音がした。

「て…てめえら……止め…ろ……!!」
イノリが立ち上がろうと地面に爪を立てる。
「あかねちゃん……」
詩紋は眼を閉じ、ぎゅっと拳を握りしめた。

その時、立て続けに鈍い音がした。
そして急に男の腕が離れ、楽になる。

「大丈夫かっ! 詩紋!?」
「え? ……あ……! 天真先輩…!」
「ケガはねえか。ひでえヤツらだったな。間に合ってよかったぜ」

「腹をやられたようだが、立てるか、イノリ?」
「…頼…久か。こ、これくらい、何でもねえや。
それより……ヤツら……」
「そこで寝ている。峰打ちだが、少し力が入りすぎた。
役人に引き渡すまで目を覚ますこともないだろう」





「怖ろしや……怖ろしや……」
草むらから転がり出た老婆は、
力尽きたようにへなへなとその場に座り込んだ。

「おばあさん、早く逃げて下さい」
「手を、お貸しします」
老婆を助けようと、あかねと永泉が駆け寄ろうとした時、
「まだ動くな」
泰明が札を手に、二人の前に立ちふさがった。

「ひぃ……。お、陰陽師殿。
なぜそんな怖ろしい眼でわしを見るのじゃ……」
泰明の視線に射すくめられた老婆は、がたがたと震え出す。
怨霊に続き、泰明に睨まれたのでは、さぞ怖ろしいことだろう。
怯えたその様子は、見るも哀れだ。

「泰明さん、おばあさんが怖がっています」
「あの…泰明殿、ご老体にはもう少し優しく…」

だが、泰明は二人の言葉など意に介さぬように、
老婆を冷ややかに見据えたまま言った。

「怨霊はどこに出た」
「こ…この草むらの奥じゃ。涸れた川の側に祠がある。そこに」
「お前はなぜ、そのような場所に行った」
「決まっておるわ。お参りじゃ」
「分かった。では、お前はこの場から去れ」
「お前さん方も逃げた方がいい。こうしている間にも……」
「深い草むらをかき分けながら、老人の足で逃げられたのだろう。
そのような足の遅い怨霊を案じる必要はない」

「泰明さん、おばあさんを一人で行かせるのはかわいそうです。
私たちが送っていきましょう」
「私も、そうした方がよいと思います」

しかし泰明はにべもなく答えた。
「神子、永泉、このような時どうするかは、決めていたはず。
忘れたか」

決めていたこととは、怨霊の居場所に手引きする者がいたなら、
その正体をよく見極めようということだ。
泰明の言動から、この老婆を疑っていることはよく分かる。

だが、老婆は本当に助けを求めているかもしれないのだ。
それを端から疑っていいものだろうか。

「覚えています。でも、このおばあさんはすっかり怯えているんですよ」
「怖ろしい思いをなさったのです。
このままではお身体にも障りがありましょう」

「おお……そちらのお二人は、何と優しいお方か」
老婆は、泰明越しにあかねと永泉を見ると、
拝まんばかりに両手をすりあわせた。

「では、私がこの老人を送る。神子と永泉はここで待て。
さあ、行くぞ。立てるか」
泰明は、呪符を持った手を差し出した。

しかし老婆は、その手を振り払う。
そして、地べたに腰を落としたまま、じりっと後ろに下がった。

泰明の眼が鋭く光る。
「そちらには怨霊がいるはず。
怖ろしいと言いながら、なぜ怨霊の方に逃げる」

「………………」
老婆は泰明を睨んだまま答えない。

「神子、永泉、下がっていろ!」
泰明は手にした呪符を掲げた。
呪符が光を発し、周囲をまぶしく照らす。

「見たか、永泉」
「こ…これは……! 神子、私の後ろに!」
「永泉さん…?」
「あの影をご覧下さい」

呪符の光を受けた老婆の影は、人の形ではない。

「時を無駄にした」
泰明の手から、術が放たれる。

だがそれより早く、老婆は周囲の景色に溶け入るように消えた。

「あのおばあさんが……」
あかねは呆然として、誰もいない草むらを見る。
乾いた路上にも、立木の後ろに回ってみても、
老婆の姿はどこにもない。

「泰明殿に正体を見破られ、逃げたのですね」
「ごめんなさい……。私がだまされてしまったばかりに…」
「いいえ、神子。それは私も同じ……」

「黙れ」
泰明が二人の話を遮った。

「あれはまだ近くに潜んでいるかもしれない。
気配を探る。話はその後にしろ」

「ごめんなさい」
「はい、泰明殿」
あかねと永泉は神妙に口をつぐむ。

しかし、印を結び気を集中したその瞬間、
泰明の視界の隅に朧な黒い影が走った。
影は瞬時に怨霊の形になり、鋭い牙と鉤爪を剥き出す。

その先にいるのは、立木の傍らに立つあかねだ。

――術で弾くか、呪符を投げるか……。
迷うことなく泰明は動いた。

怨霊の鉤爪が禍々しく光り、
あかねに向かって振り下ろされた。





盗賊が役人に引き渡された後も、
詩紋はうつむいたまま、震えが止まらない。

「詩紋、大丈夫か? ……って、そんなわけないよな。
本当に危ないところだったんだからな」
「本当にひでえヤツらだぜ!!」
「刃を向けられた怖ろしさはよく分かる。
抵抗できない状態では、なおさらだったはず」

詩紋は蒼白な顔を上げた。
「ボク……考えれば考えるほど、とても怖くなるんだ……」
「そうだよな。おびき出されて、こんな目に遭ったんだからな」

「ううん……ボクのことだけじゃない……。
さっきは悪い人たちが待ち伏せしていたけど、
待っていたのが怨霊だったとしても、
どっちも同じことだと思うんだ。
もしも、こんなことが続いたら、どうなるのかな…って」

「そうか!」
天真が、拳と掌をばちんと打ち合わせた。
「助けを求めてくる人間を、信じられなくなるってことか」

「助けに行って命が危うくなるなら、
好んで窮地に飛び込む者はいなくなる」

「困ってる人間に知らんぷりするようになるってのか!?」
イノリは親指の爪をカリッと噛んだ。
「でも、……あるかもな。そういうこと……。
確かに詩紋の言う通り、それってすげえ怖いぜ……」

天真が深刻な声で言った。
「この怨霊騒ぎはそれを狙ってのことかもな」

怨霊への恐怖に、互いを信じ合えなくなる人々。
不信と混乱は野火のように広がっていくだろう。

重苦しい沈黙が下りた。

神社の上に広がる夏空だけが、今日も明るい。


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2012.11.21 筆