雪逢瀬 〜12〜

  


崩れ落ちた岩から舞い上がった砂塵が、洞窟に充満し、
闇に慣れた晴咒の視界さえ奪う。

「ヤッタカ…」
瞳の中の小蟲がせわしなく動き、晴明に酷似した気を探る。
「アレハ、ドコニイル」

その瞬間、晴咒は身を翻した。

しかし、その後を追うように、周囲に漂う砂がバチバチと雷光のように爆ぜ、
晴咒の身体にまとわりつく。

「グッ…グアアアッ!」

いくら振り払っても、雷気を帯びた砂粒は、
晴咒に吸い寄せられるように集まり、途切れることがない。

祠から漏れ出る暗い光が、漂う塵の向こうに、朧な人影を照らし出した。

「マダ……壊レテイナカッタカ」

「お前の術など、もう効かぬぞ、晴咒」
泰明だった。

浅茅を後ろに押しやると、つ…と前に歩を進める。

「ソンナハズハ…ナイ」
全身に火花を纏い、倒れ伏した晴咒が、泰明を見上げた。

「事実だ。その身体で動けるものならば、もう一度撃ってみるがいい」

しかし晴咒は、泰明の言葉の終わりを待たず、
腕を高く上げ、空中に印を描いた。

すると、岩の台座を取り巻く水が、生き物のように一斉に動き出した。
大きく波打ちながら、幾本もの巨大な水柱となって、吹き上がる。

晴咒が腕を振り下ろすと、柱は砕け、飛び散った。
水は細かな滴となって、雨のように周囲に降り注ぐ。

空中に漂っていた砂が洗い流された。

水滴を滴らせながら、晴咒はゆらりと立ち上がる。

「ソノ手ニハ、乗ラナイ。
オマエハ、私ガ蓄エテキタ力ヲ、使ワセヨウトシテイル」

じり…。
泰明が動いた。

「だがお前は、その術を使わなければ、私を倒せない」

晴咒は首をかすかに傾けた。
口元が横に広がったのは、笑みなのだろうか。
「ソウカ…オマエハ、本当ハ撃タセタクナイノダ」

泰明はすっと眼を細くした。
「ならば、やってみろ。
だが、これ以上、お前に龍脈の力を使わせはしない」

「リュウミャク?……」

「地上とは分かたれた場所に身を隠しながら、知らぬと言うのか」

「地上…トハ外ノコトカ…?」
晴咒はうっすらと眉根を寄せ、再び首を傾げた。

「ここは龍穴。京を取り巻く龍脈の走る場所だ。
だが、悪しき者が身を隠すにはふさわしくない。
まして、その力を己の力の源とするとは!」

晴咒の瞳の中で、小蟲が激しく動き回った。
「違ウ。ココニ流レル力ハ、御師匠様ガ私ニクレタモノダ」

晴咒はゆるゆると腕を持ち上げていく。
「オマエを壊シ、再ビ力ヲ得レバヨイ」

「お前の師匠は、遅れてもよい、と言ったのか」

ぴくり、と晴咒の腕が止まる。
壁に穿たれた、細い幾筋もの線を見る。
晴源の定めた刻限まで、あと僅かだ。

とその時、晴咒はふい…と横を向いた。
泰明に半ば背を向けたまま、真っ直ぐに腕を伸ばす。

その白い指の向かった先には、浅茅。

「くっ…」
泰明が唇を噛んだ。

「コノ弱イ人間ヲ撃テバ、オマエハ何モデキナイ」

晴咒の凶眼に射すくめられ、
浅茅は、その場に釘付けになったように、動けない。

「奥の祠に、何かがあるはずだ」

岩の崩れる轟音に紛れ、泰明は言った。

そして、泰明が晴咒の注意を引きつけている間に、
じりじりと祠に向かって進んでいたのだが…。

ピシッ!

浅茅の足元の小石が弾け飛んだ。
思わず飛び上がる。

ピシッ!

着物の筒袖が裂けた。

「やめろ!」
泰明が叫ぶ。

ピシッ!

何かが頬を掠めた。
次いで、熱いものがつうっと流れ落ちるのを感じる。

「次デ…終ワリダ」

ぐわり!と大気が揺れた。

思わず眼を閉じる。

が、次の瞬間、

「グアアアア!!」

苦痛の叫びを上げたのは、晴咒だった。

「問題…ないな、浅茅」

眼を開くと、浅茅の前には泰明がいた。
晴咒に向き合い、片膝を付いて肩で息をしながらも、
かろうじて身を起こしている。

「お前の術は効かぬ……と、言ったはずだ」

晴咒に眼を据えたまま、泰明は、口から流れ出た血を、拳でぬぐった。

「ナゼ…ダ…」
弱々しくもがきながら、晴咒は立ち上がろうとしていた。

「一度受けた術だ。同じことはさせない」

「クッ!…コレハ……私ノ術ヲ…返シタノカ」

「そうだ。私は倒れたが、お前から受けた術、その痛みから
多くを知ることができた。
この身に残しておいた呪詛の棘、全てお前に返したぞ」

「ハ…ハハ…ハ…」
突然、晴咒の口から、感情のない笑い声が漏れ出た。

「コレガ、笑ウトイウコトカ…」

くいっ、と晴咒は顔を上げ、泰明に凶眼を向けた。

「全テノ力ヲ使イ、オマエト戦ウ!!」

崩れた岩壁の破片が浮き上がり、一瞬その動きを止めた。

束の間、静寂が支配する。
晴咒は、すっ、と指を動かした。

と、全ての破片は目にも止まらぬ速さで、宙を飛び、
泰明に向かって、次々と叩きつけられた。



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