崩れ落ちた岩から舞い上がった砂塵が、洞窟に充満し、
闇に慣れた晴咒の視界さえ奪う。
「ヤッタカ…」
瞳の中の小蟲がせわしなく動き、晴明に酷似した気を探る。
「アレハ、ドコニイル」
その瞬間、晴咒は身を翻した。
しかし、その後を追うように、周囲に漂う砂がバチバチと雷光のように爆ぜ、
晴咒の身体にまとわりつく。
「グッ…グアアアッ!」
いくら振り払っても、雷気を帯びた砂粒は、
晴咒に吸い寄せられるように集まり、途切れることがない。
祠から漏れ出る暗い光が、漂う塵の向こうに、朧な人影を照らし出した。
「マダ……壊レテイナカッタカ」
「お前の術など、もう効かぬぞ、晴咒」
泰明だった。
浅茅を後ろに押しやると、つ…と前に歩を進める。
「ソンナハズハ…ナイ」
全身に火花を纏い、倒れ伏した晴咒が、泰明を見上げた。
「事実だ。その身体で動けるものならば、もう一度撃ってみるがいい」
しかし晴咒は、泰明の言葉の終わりを待たず、
腕を高く上げ、空中に印を描いた。
すると、岩の台座を取り巻く水が、生き物のように一斉に動き出した。
大きく波打ちながら、幾本もの巨大な水柱となって、吹き上がる。
晴咒が腕を振り下ろすと、柱は砕け、飛び散った。
水は細かな滴となって、雨のように周囲に降り注ぐ。
空中に漂っていた砂が洗い流された。
水滴を滴らせながら、晴咒はゆらりと立ち上がる。
「ソノ手ニハ、乗ラナイ。
オマエハ、私ガ蓄エテキタ力ヲ、使ワセヨウトシテイル」
じり…。
泰明が動いた。
「だがお前は、その術を使わなければ、私を倒せない」
晴咒は首をかすかに傾けた。
口元が横に広がったのは、笑みなのだろうか。
「ソウカ…オマエハ、本当ハ撃タセタクナイノダ」
泰明はすっと眼を細くした。
「ならば、やってみろ。
だが、これ以上、お前に龍脈の力を使わせはしない」
「リュウミャク?……」
「地上とは分かたれた場所に身を隠しながら、知らぬと言うのか」
「地上…トハ外ノコトカ…?」
晴咒はうっすらと眉根を寄せ、再び首を傾げた。
「ここは龍穴。京を取り巻く龍脈の走る場所だ。
だが、悪しき者が身を隠すにはふさわしくない。
まして、その力を己の力の源とするとは!」
晴咒の瞳の中で、小蟲が激しく動き回った。
「違ウ。ココニ流レル力ハ、御師匠様ガ私ニクレタモノダ」
晴咒はゆるゆると腕を持ち上げていく。
「オマエを壊シ、再ビ力ヲ得レバヨイ」
「お前の師匠は、遅れてもよい、と言ったのか」
ぴくり、と晴咒の腕が止まる。
壁に穿たれた、細い幾筋もの線を見る。
晴源の定めた刻限まで、あと僅かだ。
とその時、晴咒はふい…と横を向いた。
泰明に半ば背を向けたまま、真っ直ぐに腕を伸ばす。
その白い指の向かった先には、浅茅。
「くっ…」
泰明が唇を噛んだ。
「コノ弱イ人間ヲ撃テバ、オマエハ何モデキナイ」
晴咒の凶眼に射すくめられ、
浅茅は、その場に釘付けになったように、動けない。
「奥の祠に、何かがあるはずだ」
岩の崩れる轟音に紛れ、泰明は言った。
そして、泰明が晴咒の注意を引きつけている間に、
じりじりと祠に向かって進んでいたのだが…。
ピシッ!
浅茅の足元の小石が弾け飛んだ。
思わず飛び上がる。
ピシッ!
着物の筒袖が裂けた。
「やめろ!」
泰明が叫ぶ。
ピシッ!
何かが頬を掠めた。
次いで、熱いものがつうっと流れ落ちるのを感じる。
「次デ…終ワリダ」
ぐわり!と大気が揺れた。
思わず眼を閉じる。
が、次の瞬間、
「グアアアア!!」
苦痛の叫びを上げたのは、晴咒だった。
「問題…ないな、浅茅」
眼を開くと、浅茅の前には泰明がいた。
晴咒に向き合い、片膝を付いて肩で息をしながらも、
かろうじて身を起こしている。
「お前の術は効かぬ……と、言ったはずだ」
晴咒に眼を据えたまま、泰明は、口から流れ出た血を、拳でぬぐった。
「ナゼ…ダ…」
弱々しくもがきながら、晴咒は立ち上がろうとしていた。
「一度受けた術だ。同じことはさせない」
「クッ!…コレハ……私ノ術ヲ…返シタノカ」
「そうだ。私は倒れたが、お前から受けた術、その痛みから
多くを知ることができた。
この身に残しておいた呪詛の棘、全てお前に返したぞ」
「ハ…ハハ…ハ…」
突然、晴咒の口から、感情のない笑い声が漏れ出た。
「コレガ、笑ウトイウコトカ…」
くいっ、と晴咒は顔を上げ、泰明に凶眼を向けた。
「全テノ力ヲ使イ、オマエト戦ウ!!」
崩れた岩壁の破片が浮き上がり、一瞬その動きを止めた。
束の間、静寂が支配する。
晴咒は、すっ、と指を動かした。
と、全ての破片は目にも止まらぬ速さで、宙を飛び、
泰明に向かって、次々と叩きつけられた。
雪逢瀬
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