雪逢瀬 〜13〜

  


いつか壊れる時が来ると、知っていた。

それは、生きとし生けるもの全てに、
生命の灯火の消える時が訪れるのと同じ。
造られたものは、やがて壊れる。

自明のことだ。

だから、「その時」を恐れることも、
それがいつなのか、考えることもなかった。

自らの滅する時が、百年先でも、
たとえ一瞬先のことであろうとも、
そこに何の違いがあるのだろう。




泰明に向かって叩きつけられた大小の岩が、
その眼前で、見えない何かに遮られたかのように、止まった。

泰明は印を結び、真っ直ぐに晴咒を見ている。
鋭い眼光が、射るような光を放った。

「私も、力の限り、お前と戦う!」

結んだ印の形が変わる。
と、全ての岩が、飛来した時に倍する速さで返された。

晴咒は後ろに飛びながら、指を顔の前で組み、その間から強い息を吹く。
息に当たった岩が、粉微塵に砕ける。

「オマエヲ壊サナケレバ、御師匠様ノ命令ヲ果タセナイト、分カッタ」

晴咒は、砕けた岩の間にふっと、姿を消した。

「そこか!」

泰明は咄嗟に、側面へと術を撃つ。

空中で二つの術がぶつかり、四方へと跳ね返った。
術の当たった岩壁が、削がれてからからと落ちる。

晴咒の術は、祠へと走る浅茅を狙ったもの。
泰明は、自分の術で、その攻撃を弾いたのだった。

そして気配を察知した浅茅は、一瞬早く水に飛び込んでいた。

ぼくを邪魔するということは、やっぱり祠に何かある。
泰明さんが援護してくれている間に、早く……。

浅茅は様子を窺いながら、水の中をそろそろと進んでいく。




私にとって、お師匠の言の葉は、絶対だった。

この、晴咒のように…。

お師匠の言の葉の教えるままに、私は陰陽の術を学び、
与えられるままに、役目を果たした。

この、晴咒のように…。

造られたものとして、役目を果たす。
それこそが、今、自分がここに在る理由の全て。

他には、何も……無い。

晴咒は…私と同じだ…。

壊れるまで、戦うのだろう。
何も疑うことなく。

そして私は、退くわけにはいかない。

晴咒を倒さなければ、守れない。

大切な人を……。
大切な想いを……。




「オマエハ、邪魔ダ!」
泰明と同じ顔が、呪いの言の葉を唱える。

「お師匠を倒し、京を破壊して、どうするというのだ!」
泰明は問う。

死力を尽くした戦いの中で、二人の言葉が交錯する。

「咒イ壊シ殺スタメニ、私ハ造ラレタ。
私ハ御師匠様ノ命令ヲ果タス」

「そのようなことをすれば、多くの人々が悲しむ」

「『悲シム』トイウ言葉ハ、知ラナイ。
必要ガナイカラ、御師匠様ハ私ニ教エナカッタノダ」

「悲しむ…とは、心が痛いことだ。
自分が壊れてしまうかと、思うほどに」

「ココロ…?……心ハ、人間ガ持ツモノ。
私ハ心ヲ持タナイ」




そうだ… 心を持たぬ故に、私は強かった。
失うものがない故に、私は強かった。

だが、神子が心を…、そして
「生きる」ことを教えてくれた今なれば…分かる。

心を持つゆえの強さを。
守るべきものがあればこそ、人は強くなれると。

それは浅茅も同じ。
洞宣も、長任も、行貞も同じ。

待つ者を思い、明日を願うからこそ、戦う。
生命を賭ける。

晴咒、私は、お前には負けない。
お前という存在を造り出した、晴源の冷酷な心に、負けることはできない。




今だ!!

浅茅は頭から祠に飛び込んだ。

したたかに手も顔も擦りむいたが、傷はもう慣れっこになっていた。

周囲は、暗く不吉な赤い光に満ちている。
時折、ぐおん!ぐおん!と地の底が脈動し、
その度に、強い力が溢れ出た。

ぼく……分かる…。
この力は、穢れた力だ…。

ぐおん!!

脈動の度に、光が強くなる。
歩を進めようとする浅茅を拒むように、
見えない力が、風となって吹き付けてきた。

浅茅は拳を握りしめる。

ならばなおのこと、行かなくては。
力の中心に。
祠の奥へ。

うわっ!!

ひときわ強い光に、吹き倒された。

じりっ、じりっと、浅茅は、地を這うように進む。

あれ?何だろう…。

浅茅は、ごくんと唾を飲み込むと、暗い光を透かして祠の奥を見た。

地の底から溢れる光の上に、何かが載せられている。

もっと…近くへ…。

しかし、

「うわあああああああああっ!!」

その物の形の意味を理解した時、恐怖にかられ、浅茅は悲鳴を上げた。

しゃれこうべ。

黒い眼窩が、ぽっかりと虚ろな目で浅茅を睨んでいた。



次へ






雪逢瀬

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11] [12] [14] [15] [16] [17] [18]




[小説トップへ]