「神子様、雪が降っていますわ」
藤姫は、あかねの部屋を訪れるなり、明るい声で言った。
五行の気が大きく揺らいだのは、つい先頃のこと。
あかねも、それを感じたはず。
だがあかねは、透き通った笑みを浮かべたまま、何も語らない。
藤姫にできることといえば、
努めて明るく振る舞っているあかねに、
少しでも慰めになることを見つけるため、心を配る…それだけだ。
「雪……」
ちり、とあかねの胸が痛んだ。
が、それを振り払って、藤姫に笑顔を向ける。
「今日は朝から寒かったものね。
庭に出てみてもいいかな」
「まあ、こんなに寒いのに?」
藤姫は驚いたように、両の手を自分の頬に当てた。
「でも神子様に、雪のお庭をお見せできるなんて、うれしゅうございます」
「藤姫は、庭を調えるのが上手だものね」
あかねと藤姫は、御簾を上げ、庇の下に出る。
降りしきる雪が、広い庭を白一色に覆い尽くそうとしていた。
濃緑の松の葉が、白い雪を被って黒い影のように見える。
凍りかけた池は、空の色を反射してうす明るい。
と、その時、あかねの目の前で、雪がひらひらと蝶のように舞った。
その雪は、白い花びらのような羽根を持ち、
くるくるとめまぐるしく群れ飛んでいる。
「あ……」
あかねは、庇の外へと踏み出した。
「私を…呼んでいるの?」
雪の蝶は、一斉に羽根をひらひらと動かした。
「神子様、どうなされたのですか?!」
藤姫は、あかねのただならぬ様子に気づいた。
あかねが、藤姫を振り返る。
藤姫がそこに見たのは、絶えて見ることのなかった、
あかねの本当の笑顔。
「藤姫、迎えに行ってくる」
「神子様…」
藤姫には、それだけで分かった。
泰明殿からの依頼、果たすことができたのでしょうか…。
心の内で思う。
そしてその答えは、眼前にある。
「いってらっしゃいませ、神子様」
藤姫は、あかねの手をそっと握ると、静かに後ろに下がった。
「ありがとう、藤姫!」
あかねは雪の中に飛び出した。
「神子殿!」
雪の庭に控えていた頼久が呼び止める。
しかし頼久は、振り向いたあかねの表情を見て、
次の言葉を飲み込み、無言で頭を下げた。
街は白く、寺の屋根も、高い塔も白く、山々は遠く煙り、
行き交う人は皆うつむき、道を急ぎながらも、覚束なげな足取りで進む。
あかねの前を、雪蝶が行く。
あかねは無心に、蝶を追う。
雪の蝶がどこに向かうのか、あかねには分かっていた。
でも、今は導かれるままに、行きたい。
雪蝶の舞は、悲しいほどに美しい。
あかねは知っている。
悲しいほどに美しい心を。
雪よりも白く、無垢な心の持ち主を。
小さな庭に来た。
雪蝶は、片隅にある桜の木を目指す。
白い蝶は群れ飛びながら、周囲の雪を集め、
花びらのような羽根と雪片が、あかねの視界を覆った。
そして雪蝶は消え、そこいたのは、最愛の人。
「今帰った、神子」
そっけないほどに短く、切ないほどに心を揺さぶる声がした。
泰明が、静かに微笑んでいる。
「おかえりなさい、泰明さん」
おずおずと、冷たい指先を触れ合わせ、
互いの存在を確かめるように、見つめ合う。
あかねは、泰明の眼に、深い悲しみの色を見た。
それは、あかねが初めて見るもの。
泰明さん……つらいことが、あったんだ…。
だが、泰明がそれを口にすることはないだろう、とあかねは思う。
でも、それでいい、とも思う。
あかねにできるのは、愛することだけ。
手を握り合ったまま、身体を寄せ合う。
帰ってきてくれた……。
泰明さんが、ここにいる……。
不思議な痛みが、泰明の心を満たす。
逝きて還らぬ者を思う…痛み。
全てを受け入れて、生きていく…痛み。
泰明は、あかねを力一杯抱きしめた。
あたたかな、幸福という名の…痛み。
雪のように、痛みは心に降り積もる。
それを背負って、人は生きるものなのか。
それでもなお生きていくのが、人なのか。
神子、お前はあたたかな光だ。
柔らかな唇
触れ合うぬくもり。
もう少し、こうしていたい…。
泰明はささやいた。
「神子、ゆきだるまは……後でも……いいだろうか」
あかねは目を見開き、やがてにっこり笑うと、こくんとうなずいた。
雪逢瀬
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最後までお読み下さり、ありがとうございました。
ああやっと、終わりに来て「雪逢瀬」になれました。
25000打お礼のリクエストとしてお受けしたこの「雪逢瀬」、
筆者の遅筆と無計画により、思わぬ長さになってしまいました。
泰明さん大好き!!が高じたこととはいえ、
完結まで随分お待たせすることになり、申し訳ありませんでした。
あらためて、リクエストを下さった神子様にお礼とお詫びを申し上げます。
あ、それと、タイトルに反して、糖度がほぼゼロで、ごめんなさい。
本編は、完結というより、中締め?な感じで終わりです。
浅茅くんの身体の呪とか、まだ説明されていないものも幾つかありますし。
説明し忘れたのでは?と、
神子様方に余計なハラハラ感を与えてもいけませんので、
前話では、さらに余計な予告?を入れてしまいました。
でも、テキトーに忘れておいて下さいませね(汗)。
さて、途中から自分でツッコミたくてたまらなかったことを以下にて。
興ざめですので、覚悟の上(大げさ)反転してお読み下さい。
陰陽戦隊アベレンジャーの活躍により、京の平和は守られた。
しかし、強大な敵はまたいつか、襲ってくるに違いない。
異世界に平和が訪れるその日まで、
戦え、我らのアベレンジャー!
強いぞ、我らのアベレンジャー!!
後●園遊園地で、君と握手!
で、泰明は何色だろうか……。
2008.2.28 筆