雪逢瀬 〜18〜

  


「神子様、雪が降っていますわ」

藤姫は、あかねの部屋を訪れるなり、明るい声で言った。

五行の気が大きく揺らいだのは、つい先頃のこと。

あかねも、それを感じたはず。
だがあかねは、透き通った笑みを浮かべたまま、何も語らない。

藤姫にできることといえば、
努めて明るく振る舞っているあかねに、
少しでも慰めになることを見つけるため、心を配る…それだけだ。

「雪……」

ちり、とあかねの胸が痛んだ。
が、それを振り払って、藤姫に笑顔を向ける。
「今日は朝から寒かったものね。 庭に出てみてもいいかな」

「まあ、こんなに寒いのに?」
藤姫は驚いたように、両の手を自分の頬に当てた。
「でも神子様に、雪のお庭をお見せできるなんて、うれしゅうございます」

「藤姫は、庭を調えるのが上手だものね」

あかねと藤姫は、御簾を上げ、庇の下に出る。

降りしきる雪が、広い庭を白一色に覆い尽くそうとしていた。
濃緑の松の葉が、白い雪を被って黒い影のように見える。
凍りかけた池は、空の色を反射してうす明るい。

と、その時、あかねの目の前で、雪がひらひらと蝶のように舞った。

その雪は、白い花びらのような羽根を持ち、
くるくるとめまぐるしく群れ飛んでいる。

「あ……」

あかねは、庇の外へと踏み出した。
「私を…呼んでいるの?」

雪の蝶は、一斉に羽根をひらひらと動かした。

「神子様、どうなされたのですか?!」
藤姫は、あかねのただならぬ様子に気づいた。

あかねが、藤姫を振り返る。

藤姫がそこに見たのは、絶えて見ることのなかった、
あかねの本当の笑顔。

「藤姫、迎えに行ってくる」

「神子様…」

藤姫には、それだけで分かった。

泰明殿からの依頼、果たすことができたのでしょうか…。
心の内で思う。

そしてその答えは、眼前にある。

「いってらっしゃいませ、神子様」
藤姫は、あかねの手をそっと握ると、静かに後ろに下がった。

「ありがとう、藤姫!」

あかねは雪の中に飛び出した。

「神子殿!」

雪の庭に控えていた頼久が呼び止める。
しかし頼久は、振り向いたあかねの表情を見て、
次の言葉を飲み込み、無言で頭を下げた。





街は白く、寺の屋根も、高い塔も白く、山々は遠く煙り、
行き交う人は皆うつむき、道を急ぎながらも、覚束なげな足取りで進む。


あかねの前を、雪蝶が行く。

あかねは無心に、蝶を追う。

雪の蝶がどこに向かうのか、あかねには分かっていた。

でも、今は導かれるままに、行きたい。

雪蝶の舞は、悲しいほどに美しい。

あかねは知っている。
悲しいほどに美しい心を。
雪よりも白く、無垢な心の持ち主を。



小さな庭に来た。

雪蝶は、片隅にある桜の木を目指す。

白い蝶は群れ飛びながら、周囲の雪を集め、
花びらのような羽根と雪片が、あかねの視界を覆った。


そして雪蝶は消え、そこいたのは、最愛の人。


「今帰った、神子」
そっけないほどに短く、切ないほどに心を揺さぶる声がした。

泰明が、静かに微笑んでいる。

「おかえりなさい、泰明さん」

おずおずと、冷たい指先を触れ合わせ、
互いの存在を確かめるように、見つめ合う。

あかねは、泰明の眼に、深い悲しみの色を見た。
それは、あかねが初めて見るもの。

泰明さん……つらいことが、あったんだ…。

だが、泰明がそれを口にすることはないだろう、とあかねは思う。

でも、それでいい、とも思う。
あかねにできるのは、愛することだけ。

手を握り合ったまま、身体を寄せ合う。

帰ってきてくれた……。
泰明さんが、ここにいる……。



不思議な痛みが、泰明の心を満たす。

逝きて還らぬ者を思う…痛み。
全てを受け入れて、生きていく…痛み。

泰明は、あかねを力一杯抱きしめた。

あたたかな、幸福という名の…痛み。


雪のように、痛みは心に降り積もる。

それを背負って、人は生きるものなのか。
それでもなお生きていくのが、人なのか。

神子、お前はあたたかな光だ。

柔らかな唇
触れ合うぬくもり。


もう少し、こうしていたい…。

泰明はささやいた。

「神子、ゆきだるまは……後でも……いいだろうか」

あかねは目を見開き、やがてにっこり笑うと、こくんとうなずいた。










雪逢瀬

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最後までお読み下さり、ありがとうございました。
ああやっと、終わりに来て「雪逢瀬」になれました。

25000打お礼のリクエストとしてお受けしたこの「雪逢瀬」、
筆者の遅筆と無計画により、思わぬ長さになってしまいました。

泰明さん大好き!!が高じたこととはいえ、
完結まで随分お待たせすることになり、申し訳ありませんでした。

あらためて、リクエストを下さった神子様にお礼とお詫びを申し上げます。
あ、それと、タイトルに反して、糖度がほぼゼロで、ごめんなさい。


本編は、完結というより、中締め?な感じで終わりです。
浅茅くんの身体の呪とか、まだ説明されていないものも幾つかありますし。

説明し忘れたのでは?と、
神子様方に余計なハラハラ感を与えてもいけませんので、
前話では、さらに余計な予告?を入れてしまいました。
でも、テキトーに忘れておいて下さいませね(汗)。



さて、途中から自分でツッコミたくてたまらなかったことを以下にて。
興ざめですので、覚悟の上(大げさ)反転してお読み下さい。


陰陽戦隊アベレンジャーの活躍により、京の平和は守られた。
しかし、強大な敵はまたいつか、襲ってくるに違いない。
異世界に平和が訪れるその日まで、
戦え、我らのアベレンジャー!
強いぞ、我らのアベレンジャー!!


後●園遊園地で、君と握手!

で、泰明は何色だろうか……。


2008.2.28 筆