時空(とき)のさすらい人


三草山




夜の山道を、源氏の軍が進む。
武具の触れ合うばかりが聞こえる中、兵達は皆、黙したまま。

戦いを前にして、勲功を望む者は武者震いし、
駆り出された雑兵達は、半ばあきらめて腹をくくっている。

戦いの結果は、もとより予測できない。
夜戦となればなおさらのこと。
仕掛けた方が有利、とも限らないのだ。

だが、ただ一つ、勝敗にかかわらず、明らかなことがある。

それは合戦の定め。
ここに歩を進めている兵が、
全員揃って帰り道をたどることはない、という不可避の事実だ。

大将でも雑兵でも、そこには何の隔てもない。
たとえ龍神の神子とても、人の身なれば同じこと。


だから……神子、私は命に替えてもお前を守る。

前を行く望美に目をやる。
剣を握ってから、まだ日も浅い。
その短い間に花断ちを会得したことは、奇跡に近いといえる。
いや、それこそが、神子であることの証ともいえようか。

それでも、戦場に出るのは初めてのこと。

怨霊との戦いとは違う。
殺意を剥き出しにした、生きている人間が襲いかかってくるのだ。

先刻、望美と交わしたばかりの会話を思い出す。
思いつめた顔をして、一人自陣を離れた望美の後を追った時のことだ。

望美は戦いを前に、一人迷いの中にいた。

それは無理からぬこと、と思う。

この世界に降り来たってから、まだ三月あまり。
自分を失わずにいるだけで、精一杯のことであったろう。
そのような中で、剣を覚え、舞を覚え、新しい仲間と、
慣れぬ世界での暮らしに馴染んだ。

だが、前に進めば進むほどに、己の意志とは関わりなく、
背に負うものは、重くなっていく。
それは神子たる者の宿命なのかもしれない。

そして、望美自身の迷いもまた、神子の証左なのかもしれない。
望美が語った迷いの気持ち、戦いを前にした恐怖は、
仲間への思いから生じたものだった。

戦いにあって、最も恐ろしい敵は己の心。
心を決めぬままに戦場に立ってはならない。

それでも神子ならば、その迷いを断ち切ることができるはず。

望美に問われて、答えた。

誰も皆、自分の意志でここにあると、
自らの決断が道を開くのだと……。

だがその答えは、望美の迷いを
かえって深くしてしまったようだ。

……私の言の葉は、真の心から発したもの。
しかしそれは、私にとっての真実でしかなかったのかもしれぬ。

人の言葉で、覚悟は成らない。
自分の心が決めたことのみが、形となるのだ。


不思議な感覚が心を満たしている。

戦いを前に戸惑い、震える望美と、
鬼の里で剣を振るった白龍の神子。

それは、同じ「春日望美」という少女。

神子……
鬼の里で怨霊を斬り伏せたお前の剣は、
迷いなく真っ直ぐだった。

あの剣に至るまでに、どれほどの試練を乗り越えたのだろうか。
どれほどの恐怖に打ち克ち、辛い思いを耐え忍んだのだろうか。

その細い肩に、神子という運命を背負いながら…。


……心が、きりきりと痛む。

だが……私は
お前に降りかかる辛さや試練を、
防いでやることはできない。
するべきではない。

なぜなら私は、お前の師であるからだ。

私は、お前がそれを乗り越える手助けをしよう。

待ち続けた歳月……、思い出の中のやさしく強く美しい (ひと)
長き時の果てに再会したその(ひと) は、澄んだ瞳をした少女だった。

神子…お前が強くなるまで、
お前が独りで道を行くことができるまで、
そして願わくば、お前が元の世界に帰るまで……
私はお前の側に在り、お前を守ろう。

戦場にあっては肩を並べて戦い、
その成長を、我が喜びとして……。







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 [4.富士川 東岸]  [5.富士川 西岸・前編]  [6.富士川 西岸・後編]
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[12.皐月の里]  [13.腕輪]  [14.剣が繋ぐ光]  [15.交錯]
[16.若き師と幼き弟子]  [17.交錯・2]  [18.鞍馬の鬼・前編]  [19.鞍馬の鬼・後編]
[20.交錯・3 〜水車〜]  [21.交錯・4 〜ある日安倍家で@3〜]

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あとがき


前回の「天地咆哮を」アップしてから、
なんと3か月近くも、書いていなかったのですね。

ううう……先生、ごめんなさい……。

今回は、「心を決める時間」の直後の話です。
え?読めば分かる?
失礼しました。

蛇足と思いますが、1周目前提で書いています。
先生の言葉の端々から、それらしいことを嗅ぎ取って頂けるのでは。

さて、「思い出」は美化されるものといいます。
鬼の里で出会った神子と、異世界に召喚されたばかりの望美ちゃん。
幼い少年の視線と、「大人」の視線。
先生が何も感じなかったはずはない、と思うのです。

その辺りも交えながら、書いてみたのですが、
いかがでしたでしょうか。

次回は、九郎さんの修行話にいくか、子供時代にいくか
はたまた超番外編か、……まだ迷っています。
これでは、先生に叱られるかも(苦笑)。



2008.3.23 筆