時空(とき)のさすらい人


驟 雨


「先生ーーーっ!!!」

血を吐くような望美の叫び。
 
「行かないで……行かないで下さい!!」

必死に懇願するその声が、心に突き刺さる。
だが、もう…戻れない。

「お願いです! 私…何も聞きませんから!!
もっといい弟子になりますから!!!」


神子……お前は、よい弟子だ。
悪いのは、私なのだ。

私は、お前の師であるというのに…
もっと早く、気づくべきだった。

お前が強くなり過ぎたことに。
お前に宿った想いに。

こうなる前に、抑えておかねばならぬことだった。


がさっ…ざざっ…

望美が草をかき分けて道を上ってくる。
足下も見ず、泣きじゃくりながら、ただ闇雲に進む。
戦いの時の的確な足運びも、全て忘れたかのように。

無防備な姿のまま、
どんどん山奥へと入り込んでいく。

獣が襲い来るかもしれぬ。
野盗の類も、うろついているやもしれぬ。

リズヴァーンは、離れた木の上から望美を見守っている。
必死に呼びかける声に応えもせず、
姿を隠したまま。

自分は望美に、なんと酷いことをしているのか…。

しかし、修行に選んだ場所は、人里から少なからず離れていた。

そこに望美を置き去りになど、できるはずがない。
だがもう、望美の側にいることもできない。

だから、望美が山を下り、皆のもとへ戻るまで、
隠れて、遠く見守っていなくてはならない。

これからは…もっと、遠くなる。
誰よりも大切なひと。

望美はしゃくりあげながら、足下も覚束なげに歩いている。

望美を、ひどく傷つけた…。
後ろから斬りかかるのも同然のことをした。
そして望美は、まるで迷い子のように、泣いている。


ずざざざっ!!

望美の姿がふいに草の間に消えた。

「神子っ!」

瞬間移動。
望美の側の木の枝へ。

大きく伸びた木の根に足を取られたのか、
望美は転んで、地面に倒れていた。

大事無かったか…。
ほっとするが、望美は伏したまま動かない。

どこか打ったのか、足を折ったか?

リズヴァーンが地に降りようとしたその時、
望美の肩が小刻みに震えていることに気づいた。

「せ…ん…せい…ごめんなさい…」
嗚咽しながら、望美は下草をきつく握りしめている。

「う…あ…あぁ…ぁ…」
呻きとも、泣き声ともつかぬ声をもらしながら、
望美はゆっくりと身を起こした。

ぺたりと座ったまま、顔についた土を拭いもせず、
遠くを見据えて、身じろぎもしない。

突然、振り絞るような声が上がった。

「いやあああああっ!!先生!!!!」

大きくかぶりを振り、拳で地を打つ。

ぽつぽつと、雨が降り始めた。
夏の最中というのに、ひどく冷たい雨だ。



「雨が降ってきたしね、心配したんだよ」
「ごめんなさい…」

探しに来たヒノエに、望美はうつむいたまま答えた。

ヒノエは黙って、望美の顔についた涙混じりの土を拭う。

「いいかい、お前は悪くなんかないんだ」
望美は力無く首を振る。
「ううん、私が悪い弟子だから…だから先生は行っちゃったんだ」

ヒノエは怒りを含んだ視線を、蔦を這わせた巨木に走らせた。
「理由も言わずに行ってしまうヤツの方が、よっぽど悪いよ」


木の上から、見送る。
二人の姿が、遠ざかり、
雨と靄の間に、消えた。



岬の崖の上に立つ。

大粒の雨を孕んだ冷たい風が吹き抜け、
一瞬で水平線の彼方までも、鈍色の世界に包まれた。

叩きつける雨に、身をさらしながら、
煙る海を見る。

雨に島影は隠れ、
岬に生い茂る木々も見えない。


一人……に、なった。
再び。
これからは、ただ一人の戦い。

お前と共にいることは、もうかなわぬ。

それでも、神子……
私はお前を守ろう。

お前のため、この戦を終わらせよう。

お前が皆から離れ、私を追う前に。

お前に……常世の使いが訪れる前に。


神子…

私のことは忘れて…

生きなさい……。








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あとがき


リズヴァーン連作SSシリーズ 「時空(とき)のさすらい人」 の第2話です。
リズ先生大好きな方なら、忘れようもない、
ゲーム本編の重要なイベントがベースです。

プレイ中は、ここで強引に行ってしまう先生に、
望美ちゃんから離れるにしても、もう少しやり方ってものがあるでしょう、と
ツッコミまくっていました。
冷静なヒノエくんが、とても大人に見えたりして(笑)。

というわけで、このイベントには少々ひっかかるものがあったのです。
(いえ…その…ツッコミどころといってしまうなら、それは他にも仰山ありますけど…)
けれど、リズヴァーン視点で考え直してみると、
このイベントが、とても痛々しいものに思えてきました。

先生の、望美ちゃんを傷つけたくない! という思いは、
誰にも負けないくらいに強いはず。
それなのに、あのようなことをしてしまった…、
ならばきっと、自身も深く傷ついているのでは…と。

望美ちゃんも先生も、こと恋愛感情となるとかなり鈍! な方なので、
早く気づいて何か手を打つなんて、超無理っぽいと、思うのです。

というわけで、この痛い妄想の横溢した話ができあがりました。
お楽しみ下さい…なんて、とても言えませんが、
お読み下さり、ありがとうございました。

2007.8.17 筆