時空(とき)のさすらい人


霧の邂逅




霧が深い。

正月(むつき)二十日あまりの頃。
山々の雪が消え始め、谷々の氷も溶けゆるんで、
水かさの増した宇治川は、
滝のように激しく逆巻きながら流れ下っている。

川から立ち上る霧で、辺りの様子はおろか、自分の足元すら見えない。
ただ、激しい水音だけが、川の方向を知らせるのみ。


雪と霧に白く覆われた中に、リズヴァーンはいる。

今日が、その日。
あの(ひと)が異世界に、降り立つ日。
長き歳月の果てに、あの(ひと)と 相まみえる日。

高ぶる心を抑え、湧き上がる思いを抑えて、ひっそりと待つ。

あの(ひと)にとって、 私は初めて会う見知らぬ者。
そして龍神の神子にとって、私は八葉であり、
戦いを教える、剣の師。

これこそが、私の使命。
あの(ひと)を守るための、至上の使命だ。

私の真の戦いは、今日から始まる。



滾る瀬音に混じり、かすかな声がした。
うっすらと晴れてきた霧の向こうに、人の影が見える。

こちらに向かって歩いてくるのは、子供と青年、娘が二人…。

なつかしい…声が…聞こえた。
三十年の歳月を経て、なおも忘れない…あの声。

離れていても感じられる。
暖かく清浄な、明るき気の流れ。

異世界に突然連れてこられ、恐ろしい思いをしているというのに、
その気には怯えの影もなく、強い輝きを放つ。

リズヴァーンの眼前に現れた その(ひと)は、
寒さの中、柔らかな頬を桜色に上気させていた。

華奢な身体、長い髪、優しい眼、
凛とした美しい顔には、まだあどけなさが残る。

小さなリズが見上げていたあの(ひと)が、 今、私を見上げている。

わかっていても、我が身と心を引き裂いて、思いが溢れ出ようとする。
息を止め、眼を閉じて、心の奔流を押し殺す。

ああ、この(ひと)が神子。
私の…運命。


神子の問に答え、初めて、自分の名を名乗る。
心の葛藤とはうらはらに、覆面に隠した表情すら変えず。

「私の名はリズヴァーン…」


ふと、気づいた。
この光景は……
幼き日、白龍の逆鱗が見せた夢のまま。

私は幻となって、この霧の中の邂逅を見守っていたのだった。

リズヴァーンは、幼い自分のいた場所を見た。
そこには、何もない。

が、それでもリズヴァーンは信じた。
昔日の夢が、今この時に繋がっていることを。
そして、願う。

幼い私よ、
もしもそこにいるのなら、私の思いを聴け。
つらくても、ただ己の信じた道を行くがいい……と。







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[16.若き師と幼き弟子]  [17.交錯・2]  [18.鞍馬の鬼・前編]  [19.鞍馬の鬼・後編]
[20.交錯・3 〜水車〜]  [21.交錯・4 〜ある日安倍家で@3〜]

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あとがき


治承4年の話が続きましたので、再びゲーム沿いの話へと。

最後が意味不明かもしれませんが、
拙作「果て遠き道」のエピソードをベースにしているためです。
よろしければ、 こちらから、ご覧下さいませ。
「果て遠き道」間章「散桜(1)」、
白龍の逆鱗で過去に飛ばされた後の、
幼い日のリズヴァーンのエピソードです。



2007.10.20 筆