時空(とき)のさすらい人


腕 輪




男というものは、どうして相争い、生き急ぎ、死に急ぐのか。

残された女人の思いなど、知る由もなく。


二位の尼君は、去っていく少女の後ろ姿を見送りながら、
一人思う。

壊れた腕輪を胸に抱き、
少女は肩を震わせ、嗚咽をこらえている。


鬼は、私の愛しき人を、
そして、私の愛しき人は、あの少女の想いを奪い去った。

源氏の神子…
白龍の加護を受け、稀有の力を持つという。
あの少女が、我が平家の怨霊を封じ、戦の流れまでも変えたのだ。

けれど、鬼の行方を尋ね来て、
その最期に言葉もなく立ちつくし、とめどなく涙するその姿は、
神ではなく、人そのもの。

愛するものの死を身に受けて、
心に血の涙を流す、私と同じ一人の女だ。


のう、清盛殿……
あなたは、ただがむしゃらに己の道をひた走り、
脇目もふらずに、駆け去っていった。

それが、あなたにとって、生きることであったのか…。

あなたが黄泉の国から蘇り、
この世の理に逆らってまで守ろうとしたものは
何であったのか。

壇ノ浦の赤き波間の向こうに、 あなたは何を見ていたのか。


………わしは、平清盛じゃ。
………ぬしの名は、何という?

あなたは物怖じなどせぬ人だった。
権勢を誇る美福門院様の女房だった私の手を、
いきなり遠慮もなく握りしめて、名を尋ねた。

しかもその格好と来たら、袴の裾を短くからげて、
とても平家の嫡男とは思えぬもの。

………六波羅が不吉の地じゃと?
………言いたいやつには言わせておけばよい。
………ここは、京に睨みをきかせるに絶好の地よ。
………東国への道も通じておる。
………鴨の川で、難波にも出られる。
………我ら平家は、堀川なんぞに悠々とおさまっている源氏とは違うのじゃ。

………時子、わしはお前に平家の世を見せてやるぞ。


清盛殿…。
あなたの言葉の通り、平家は栄耀栄華を極めたけれど…
上りゆくものは、必ず下り行く時が来る。

それに抗い続けたこの幾年…
けれど私には、大切な人達を失ってまで得たいものなど、何もなかった。


源氏を憎んでこの心が晴れるならば、
どんなにか楽なことか。

我ら一門に、数多の苦しみと悲しみを与えた源氏と、
かつての平家は、同じ。

どちらが上に立ったとしても、
負けた者の苦しみは変わらない。

そんな戦の中にあって、
あの鬼は、何と澄んだ眼をしていたことか。

鬼の守りたかったものは、白龍の神子……。
己の命とひきかえに願ったのは、
あの少女の幸福だけだったはず。


ああ、なぜ、男達は死に急ぐのか。

鬼よ、あなたは分からなかったのか。
あなたこそが、あの少女の幸福であることを……。



その時、不思議な音が響いた。

周囲に白い光が満ち、
二位の尼君は、思わず僧衣の袖で顔を覆った。

しばしの後、おそるおそる顔を上げてみると、光は消え失せ、
少女の姿もまた消えていた。

尼君の顔に、かすかな微笑みが浮かぶ。

何が起きたのかは、尼君には分からない。
けれど、少女が悲しみに立ち向かうために去ったのだと…
きっとそうなのだと、
尼君は信じたいと思った。







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[20.交錯・3 〜水車〜]  [21.交錯・4 〜ある日安倍家で@3〜]

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あとがき

先生の連作を書くにあたり、どうしても避けて通れないルート。

どのように書くか、迷い続けて行き着いた答がこの話です。

正解などあるものではなく、
筆力の限界という、どうしようもない壁にぶち当たりながら、
ただ自分の想いだけで書きました。

なお、かなりの脚色、妄想が加わっていることを
最後にお断りしておきます。



2008.5.27 筆